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MPアグロジャーナル掲載記事の紹介

畜産専門誌である(株)MPアグロ社が発行しているMPアグロジャーナルに弊社代表の梅原が今まで何度か畜舎環境衛生に関してレポートを掲載させて頂いています。昨年7月にも「農場HACCPと畜舎消毒」(MPアグロジャーナル2015年7月号No.22)という題名で発表させて頂きました。以下にて全文を紹介いたします(MPアグロジャーナル2015年7月号No.22から引用)


農場HACCPと畜舎消毒

 

               有限会社ベッセル獣医環境衛生研究所

 

                     梅原 健治

 

はじめに

MPアグロの経営理念として「獣医療の発展と食の安全・安心に貢献する」とあります。動物医薬品販売として日本のトップ販売業の会社の基盤はこの経営理念にあるのではないでしょうか。

 

伴侶動物の世界は別として、畜産は少なくとも食に繋がることを前提に業務進行していかなければなりません。農水省は畜産農場を対象にHACCPの考え方を取り入れた飼養衛生管理認証基準を2009年8月14日に飼養衛生管理向上の取組認証基準として公表しました。HACCPについてMPアグロジャーナルにも取り組みの紹介がNo.2、No.5、No.12、No.15と4回登載されています。農場HACCPは食品HACCPの流れを汲んでいます。食品HACCPは食品の製造過程で危害が発生する恐れがある危害要因を明確にすることで、その危害を防止するための管理ポイントを設定して管理(監視・記録)し、危害を未然に防ぐ衛生管理システムです。(図1)。一方、農場HACCPは家畜に危害を与える恐れのある危害要因、あるいは家畜・畜産物を通して人に危害を与える恐れのある危害要因を、生産過程で危害を与えない程度まで除去・低減するシステムです。危害要因例として食肉への注射針の混入(物理的危害要因)、生乳への抗生物質の混入(化学的危害要因)、飼料への病原微生物の混入(生物的危害要因)等があります。

図1

2015年4現在では、畜産全般で60農場が認証取得しています。(図2)は2015年1月現在で54農場取得)

 

畜種から見ると圧倒的に養豚が多く、次いで養鶏、そして肉牛・乳牛の順です。この差は、畜舎の構造・管理に起因します。養豚・養鶏は閉鎖的建屋である為、一度、病原体が侵入すると全体に蔓延し大打撃を受けます。そのため、予防に重点を置き、外部からの侵入に対して防疫を徹底しています。一方、肉牛・乳牛は殆ど開放的建屋となり、鳥、野生動物、細菌・ウイルス等の暴露を受けやすい状態です。農場HACCPの観点では病原体の農場への侵入は危険要因となります。そのため畜舎内の消毒が重要です。特にその薬剤に対する使用効果を踏まえなければ効果を発現しないことがあり、消毒の対象物を意識することが重要です。

図2

 

消毒を考える上で前提となるポイント

 

まず第1に、感染となる細菌やウイルスの特性を知ることです。消毒の作用は細菌については菌体壁の破壊、菌体タンパク質の変性、菌体の呼吸作用阻害の3つのパターンがあります。ウイルスについてはエンベロープ脂質層の破壊、ウイルスタンパクの変性、ウイルス核酸の損傷にて不活化になります。

 

第2に、薬剤の特性・特徴をつかむことです。消毒薬の種類はアルコール、石灰、塩素系、逆性石鹸、両性石鹸、ヨウ素系、アルデヒド系、オルソ剤などが挙げられます。

 

第3には、第1、2を理解した上で、実際に行われる現場にあった方法で行われているかとのことです。例えば、口蹄疫ウイルスはエンベロープを持たず、pH6.5以下か11.2以上で不活化します(図3)。従って防除には、酸性か強アルカリの薬剤を使用します。中性の逆性石鹸は効果がないことになります。

図3 口蹄疫ウイルスのpH感受性

農場HACCPに基づく実際の消毒方法の有効性について

 

①車両消毒

 

農場に出入りする際、車両の消毒を行います(写真1)。

 

車両は金属で出来ています。塩素系、強酸性のように腐食性が高い薬剤は好ましくはありません。実用的な防除のためとはいえ毎度消毒液に暴露される車体はボロボロになってしまいます。ターゲットとする細菌・ウイルスに対して考えなければなりませんが、車体についても考慮しなければ社会ニーズにかないません。仮に口蹄疫ウイルスをターゲットとするのであれば弱酸性をお勧めします。市場では中性系の逆性石鹸が主流ですが、そのものに手を加え酸性側に傾ける工夫が必要になります。生産現場で車体がボロボロになって悲鳴を上げている農場主を見かけたことがあります。防除の弊害です。

 

消毒薬の効果の有無以外にも消毒の対象物が何であるかも重要です。

写真1

②農場出入り口の石灰帯

 

石灰の有用性はpHによるアルカリ度です。石灰は強アルカリでそのアルカリ性によって菌体膜のタンパク溶解を起こします。

 

石灰粉体を農場出入り口に撒くことが一般的には推奨されていますが、撒いてから雨が降るとCO2ガス化によってpHは低下します。白い色は維持できていても効果持続の期待はできません。白くて良ければ白ペンキで十分です。これでは意味がありません。雨が降れば効力が半減しますのでその都度再投入となります。

 

一方、石灰塗布は乳剤としての病原菌の封じ込めと水和状態のアルカリ性の持続が長く持ちます。環境にもよりますが一般的に石灰乳剤の塗布でのpHは3ケ月の維持が確認されています。自然環境下で1ケ月以上も生存するヨーネ菌対策は石灰塗布しかありません。それだけ長く効果を持続できる薬剤は他にありません。これが、石灰塗布の最大の特徴です。石灰塗布は付着持続の良いドロマイト石灰がお薦めです。農場出入り口の石灰帯には車両タイヤへの付着消毒効果をもたらすための効能も含め、効果持続の観点から通路上に石灰塗布をし、その上に粉体散布が有効です(写真2)。

 

写真2 (例)衛生管理区域とそれ以外の区域に分ける両区域の境界線石灰帯

③畜舎内石灰塗布

 

ドロマイト石灰にて畜舎内石灰塗布をする時、糞便をきれいに洗浄した後、石灰塗布しなければなりません。糞便付着のまま石灰塗布しても糞便が剥がれてしまえば石灰塗布の意味がありません(写真3)。また、消毒の意味合いで菌数の多い部分に集中するように行います(写真4)。壁の菌数を1とすると床10、壁と床との接点部分には100の菌数になるいわゆる1:10:100の法則があるといわれています。(図4)この壁と床との接合部分に重点を置いて消毒します。

写真3 畜舎清掃

写真4 ドロマイト石灰塗布

図4 1:10:100の法則


④踏み込み消毒槽

 

汚れた長靴、糞便付着の靴等で踏み込み消毒槽にて消毒を行い、場内に入る…。本当に消毒されたのでしょうか?

 

やはり糞便由来の汚れを水洗いで行ってから踏み込み消毒槽で浸漬しなければ効果は半減してしまいます。水洗いができないところでは、少なくとも2つの槽を用意し、1つは水洗いの大雑把な汚れをそこで取り除き2つめの槽には消毒薬の槽にて消毒して農場に入ることを勧めます(写真5)。

 

一般的な薬液は無色透明です。水なのか、雨なのか、薬剤が入っているのか不明です。

 

色がついていれば、その変化で汚れを判別できます。食品工場で使用されている除菌剤ベッセルサニーは区別できます。

 

また、平成23年4月より家畜伝染予防法改正にともない通年に渡って消毒を行うよう義務化されました。しかしながら北海道・東北地方では冬期間液体の消毒液は凍ってしまいます。だからといって、車両消毒に粉である石灰を振りかけるわけにはいきません。

 

冬季用の食品工場向け除菌剤としてウインターベッセルサニー(-52℃まで対応)も参考にしていただければ幸甚です(写真6、写真7)。

写真5  2つの踏み込み消毒槽

 写真6 車両タイヤ除菌

写真7 冬期踏み込み槽


⑤体、衣服の消毒

 

衣服への消毒方法は限られてしまいます。人体に直接触れる部分には強酸、強アルカリは体に危険が及びますし、次亜塩素酸ナトリウムも脱色等の使用制限があります。現状はアルコール、口蹄疫対策としては弱酸であるクエン酸が実用的です。

 

また、搾乳タオル用洗浄・除菌剤のベッセルクリーナーも衣服にも効果的です。

 

⑥器具の消毒

 

器具は、用途によって様々な材質や形状があります。加熱していいものや常温使用のものなどがあります。薬効としては一般的に有機物の混入は半減します(図6)。温度は、ある程度高温域の方が効果は発現します。時間も10分以上で、濃度は規定量(一般的にはそれ以上もそれ以下も望ましくありません)を守ります。次亜塩素酸ナトリウムは濃いほど効果はありません(図7)。

図6有機物混入による濃度は半減します 図7次亜塩素酸ナトリウム濃度のpHの影響

⑦空中消毒

 

昨今食品添加物でもある弱酸性ジアスイが脚光を浴びています(写真8、図8)

 

次亜塩素酸ナトリウムの様な刺激臭は殆どありません。低濃度(50ppm)で効果発現します。細霧消毒による呼吸器病によるマイコプラズマ感染症にも有効とされてきています。

 

空気感染防除、PDD対策としての蹄の洗浄・除菌、ミルカー、バルククーラー、器具・機材、人への噴霧等の除菌に使用されてきています。今後使用用途により、ますます広範囲になっていく様相です。

写真8 ジアスイによる細霧消毒 

図8ベッセルジアスイ効能


おわりに

 

以上、農場HACCPの観点から、畜舎の消毒については感染症に対する微生物の特徴を把握し、薬剤の特性を理解した上での、実務に即した方法を行うことによって、HACCPの謳っている「危害要因を未然に防ぐ」ことができると考えています。